拙著は出版後に多くの著作や、卒業論文・研究論文で引用されたが、その中で筆者が白眉だと感じいったのが、桃山学院大学人間学部の片倉穣先生の「金子みすゞのなかのアジア-インド・中国・朝鮮」である。 長文なので、筆者に関する箇所を一部だが、抜粋する。 まず独自の刺激的な金子みすゞ論を展開し、みすゞを「童心詩人」 と呼ぶことを提唱 した高遠信次氏は、この詩 (木屑ひろひ)をみすゞが唯一「社会」を詠んだ、彼女の内なる童心からの脱却を試みた詩だと評し、本詩の書かれた時期を「恐らく昭和三年の春か夏」(25歳)と考える。 当時の国内における思想弾圧、軍部による侵略独走、朝鮮人の強制連行という歴史的 ・社会的状況を背景とした作詩だという とを理解 しなければな らない。 この詩は 「象徴詩」 だが 「半熟の詩」だとし、木屑は朝鮮人への抑圧の象徴で、日本の童謡を歌う朝鮮人の子を見る作者の視線には、植民地への罪悪感が含まれている。木屑を燃やす赤い灯は朝鮮人の恨(ハ ン)を象徴したもので、そこに作者の共感 も読み取れ る。 だが、この詩は弱い。 日本の童謡を歌う朝鮮人の子の心の痛みが伝わ らない。「父さんの帰りを待つ」その父が、筑豊の炭坑に送り込まれ、強制就労に従事している父なのか、あるいは一日の仕事を終え、夕餉に帰る幸福な父なのか判然としない。高遠氏は前者の父の意と捉えているのだが、この詩を読むだけではそこまで伝わり難い。 これは、作品 「木屑ひろひ」 に関する比較的詳細な詩論としてはほとん ど唯 一のものだと 言ってよい。 現在、シャカの生誕地 ・ネパ ールのルンビニ州ゴナヒヤ村に 、「みすゞ小学校」(同州には「第二みすゞ小学校」 もある)が建 っている。 日本 ネパール友好協会(代表・ 写真家の オギノ芳信氏)と日本のみすゞフ ァンが建てた。「みんなを好きに」の童謡 (日本語 とネパ ール語)が 小学校の壁の銅板に刻 まれ「パネル」 にされている。 高遠氏は、このみすゞの名を冠 した小学校名にみすゞは賛成したであろうかと、疑問を呈する。 筆者も同感である。ネパールの子どもたちのための学校を、「浄財」で建設することに異存はないが、学校名にみすゞの名を冠することに疑問を感 じない当事者 たちの経済大国意識や優越感は、みすゞの精神に合致 しない。 みすゞの生き方のなかに自己顕示欲はもちろん、ないと思 う。 <参考>わがブログで最も反響のあった記事 出版社:東京図書出版会 出版年:1999年11月発行 単行本:283ージ 価格:本体 2000円+税 | |