著作講評・引用論文・レビュー


こんやここでのひとさかり(講評)


 
結婚は打算と妥協と惰性のスリーDではない。

 ある文芸出版社編集員の講評

 テーマもよく、オリジナルな感性と筆力もある。

 清澄で知的な文体は読者に清涼感のある読後感を与えるだろう。読みやすさと教養が絶妙にミックスされており、幅広い読者を獲得しうる作品だ。小学校の卒業文集から始まり、これに地方紙に掲載されたひき逃げ事件が続き、最後は鷺舞で終わるという構成も心憎い。

 主人公は銀行員として長年働く、美人だがプライドの高い女性。強く凛々しく描かれる彼女のキャラクターは強いフックとなって作品を牽引している。婚約を破棄された彼女が思いついたのは、新人銀行員の告白を利用するという突飛なアイディアだった。これには読者の誰もがハラハラしつつも、好奇心を刺激されるはずだ。

 また序章に込められた本当の意味については、最後まで読んだ読者だけが知ることのできるという構成によって、完成度が高くなっている。読者に物語の方向性を予期させない巧みな文章は20万字も越える大作であるにもかかわらず、一気に読まないと気が済まないほどに読者を作品世界に引き込む。

 時おり小説世界に筆者が登場するなど、メタフィクションの要素を取り入れることで他の小説とは一線を画す魅力を放っている。あえて時代設定を昭和の終わりから平成の初めにしたことで、どこか懐かしい雰囲気を持つ本作品は、特に四十代以上の男女にとって印象深い一冊になるはずだ。

 
出版社:一粒書房
出版年:2020年10月発行
単行本:461ページ
価格:本体 2000円+税
 
 

詩論・金子みすゞ-その視点の謎(引用論文)


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 拙著は出版後に多くの著作や、卒業論文・研究論文で引用されたが、その中で筆者が白眉だと感じいったのが、桃山学院大学人間学部の片倉穣先生の「金子みすゞのなかのアジア-インド・中国・朝鮮」である。
 
 
長文なので、筆者に関する箇所を一部だが、抜粋する。
 
 まず独自の刺激的な金子みすゞ論を展開し、みすゞを「童心詩人」 と呼ぶことを提唱 した高遠信次氏は、この詩 (木屑ひろひ)をみすゞが唯一「社会」を詠んだ、彼女の内なる童心からの脱却を試みた詩だと評し、本詩の書かれた時期を「恐らく昭和三年の春か夏」(25歳)と考える。
 
 当時の国内における思想弾圧、軍部による侵略独走、朝鮮人の強制連行という歴史的 ・社会的状況を背景とした作詩だという とを理解 しなければな らない。 この詩は 「象徴詩」 だが 「半熟の詩」だとし、木屑は朝鮮人への抑圧の象徴で、日本の童謡を歌う朝鮮人の子を見る作者の視線には、植民地への罪悪感が含まれている。木屑を燃やす赤い灯は朝鮮人の恨(ハ ン)を象徴したもので、そこに作者の共感 も読み取れ る。 だが、この詩は弱い。 日本の童謡を歌う朝鮮人の子の心の痛みが伝わ らない。「父さんの帰りを待つ」その父が、筑豊の炭坑に送り込まれ、強制就労に従事している父なのか、あるいは一日の仕事を終え、夕餉に帰る幸福な父なのか判然としない。高遠氏は前者の父の意と捉えているのだが、この詩を読むだけではそこまで伝わり難い。
 
  これは、作品 「木屑ひろひ」 に関する比較的詳細な詩論としてはほとん ど唯 一のものだと 言ってよい。
 
 現在、シャカの生誕地 ・ネパ ールのルンビニ州ゴナヒヤ村に 、「みすゞ小学校」(同州には「第二みすゞ小学校」 もある)が建 っている。 日本 ネパール友好協会(代表・ 写真家の オギノ芳信氏)と日本のみすゞフ ァンが建てた。「みんなを好きに」の童謡 (日本語 とネパ ール語)が 小学校の壁の銅板に刻 まれ「パネル」 にされている。 高遠氏は、このみすゞの名を冠 した小学校名にみすゞは賛成したであろうかと、疑問を呈する。 筆者も同感である。ネパールの子どもたちのための学校を、「浄財」で建設することに異存はないが、学校名にみすゞの名を冠することに疑問を感 じない当事者 たちの経済大国意識や優越感は、みすゞの精神に合致 しない。 みすゞの生き方のなかに自己顕示欲はもちろん、ないと思 う。
 
<参考>わがブログで最も反響のあった記事
 
 
 
出版社:東京図書出版会
出版年:1999年11月発行
単行本:283ージ
価格:本体 2000円+税
 
 

他に塾・高校のガイドブック・小論文問題集を出版(別ページ)参照